カートリッジ周辺技術

2019年5月、未稿部を補筆し完成


カートリッジ針を物性から考える

 

 カートリッジの針はレコードに刻まれた音溝の凸凹を忠実になぞって振動に変換し、反対側にある永久磁石の小片を動かして発電する。従って針先やカンチレバーは可聴周波集領域を超える周波数で振動する。概ね100KHzまでの振動を正確に発電系に伝えるためには、針先端の振動に対して吸収や共鳴があってはならず、減衰してもいけない極めてデリケートな状態であることがわかる。

 顕微鏡で見る限り、スタイラス部分は非常に小さいので、素材の偏りや接着部分の不均一さ、汚れの付着、支持領域近くの異物の介在は音質に影響を及ぼす。こうしたことから針先のクリーニングは極めて重要であることがわかる。

 今は簡単にFEMによる振動解析によって共振や定在波を確認できるが、前項はFEM解析には載せきれない変数となって解析を無意味にするのではないかと思うほどである。

 折れ針を修理したものの音質劣化は免れないが、その程度については、このページを参考にしていただきたい。

# 2019年11月11日、物性表にボロン、ダイヤモンドなどを追加、音速度は測定方法が異なるため、/C1は参考にしてください。 

  炭素繊維強化樹脂や天然木材は、繊維方向や密度によって物性が大きく異なるため、数値を入れることができません。


カートリッジに使われている素材の物性を理科年表から抜粋しました

素材の名称 主な元素 密度 弾性係数 引っ張り強さ 音速度
単位     GPax10 GPax0.1 C3/m・sー1
 アルミニウム合金(A5052) アルミニウム 2.69 7.03 2.0~4.5  5000
ジュラルミン(A7075) アルミニウム 2.71 7.15 4.0~5.5  5150
マグネシウム マグネシウム  1.54      
チタン チタン 4.54 11.57    
ベリリウム ベリリウム 1.84      12870
ボロン ボロン 2.34 18~22  

16200

8.93 12.98    3750
リン青銅 銅、リン

 8.9

12.0

6.9~10.8  
真鍮 銅、亜鉛  8.6 10.06 3.5~5.5  3480
ステンレス鋼(SUS304) 鉄、ニッケル、クロム  7.6    10~14  2730
鋼(S45C) 鉄、炭素

 7.8

21.6 11~15.5 5120
鉄(SS400) 7.86 21.14 5.4~6.2  
11.34 1.61    1210
石英ガラス  二酸化ケイ素 2.2 7.2    *5720/C1
パイレックスガラス ホウケイ酸ガラス 2.2 6.0   4540(参考値)
セラミックス  主に酸化アルミニウム 2.3~2.5      
ジルコニア 二酸化ジルコニウム単結晶 6.44 21 6~14 *4650/C1
ルビー(サファイア) 酸化アルミニウム単結晶 3.97 47   10500
ダイアモンド 炭素、単結晶 3.52 105   24000
ナイロン   1.12 0.12~0.29 0.12~0.17  
カーボン繊維強化樹脂  #繊維方向や密度で変化        
木材(チーク)  #繊維方向で性質変化  

1.3

0.6~1.1  

カートリッジには様々な素材が使われている!
 

 素材の性質を知っていると、オリジナルメーカーの設計意図を読み解く助けとなる。

 MCカートリッジは針のついたカンチレバーの根元に発電コイルが配置されているため、針がダメになったらそのカートリッジは使えなくなるので、取り扱いに神経を使う。その点、MMカートリッジは針先がダメになった時に交換針に差し替えれば元の性能を回復できるのが売りである。神経質にならずに済むのが大衆ウケして、広く普及した。

 しかし、カートリッジは製造されてから40年程度経過し、中古市場で手に入るカートリッジのオリジナル針を入手することはほとんど不可能。40年前の音を再現することはもはや不可能であるというのも事実として受け入れなければならない。
 CDの普及で急速に市場から姿を消したLPレコードとカートリッジだが、昨今のアナログ音源回帰でLPレコードを聴こうという人が若い世代にも広がったことから、わずかに残った交換針メーカーがLP時代の主だったカートリッジの交換針を供給してくれる。ありがたいことである。

 私はメーカーではないので、机の上の僅かなスペースでできることは多くないが、これらの針を利用して、捨てられる運命にあった古いカートリッジの音を蘇らせるため、古い交換針を利用して、比較的簡単な方法で折れた針を修理することができるようになった。

 しかし、オリジナルとは異なる。どのように違うのかを考えるのに、素材の物性は重要なヒントを与えてくれる。


針先(スタイラスチップ)

  針先の違いは明快である。一番良いのは無垢ダイヤ。その次にダイヤ台座の接合、最後が鋼鉄台座の接合である。台座の大きさも問題となる。高速追随するにはチップの質量が小さいほど良い。古い交換針は鉄製台座が大きく縦に長いため、動的質量とモーメント変形による追随特性劣化や共振・吸収周波数が音質に影響を与えることは明白だ。

 右の写真は同じ機種のスタイラスを拡大したもの。交換針メーカーや製造した年代でスタイラスの形状が大きく異なる。音質的に見れば中央のスタイラスが最もよいはず。上は突き出しが長くカンチレバーにねじれ応力を発生させる。下はチップの台座が大きく真堂圭の質量が大きくなることから高域の追随性が低下する。

 

ダイヤモンドチップの形状

  円錐、楕円、超楕円、ラインコンタクト、シバタ針

針先の構造

  鋼台座に接合、ダイヤモンド台座に接合、 無垢

 

 上の2項は、右ほど高音質であり高価でもある。




スタイラスチップのクリーニング


これは100円ショップでよく売っている台所掃除用のウレタンスポンジです。これに水を含ませておきます。

これがスタイラスチップ・クリーニングで最も有効です。

 


Before


こちらはクエイーニング前のスタイラスチップの顕微鏡写真です。

チップ周辺にゴミやホコリのようなものがこびりついているのがわかりますね。

この状態でレコードをかけたくないですね。

 

写真のようにカートリッジの針先をスポンジの上に乗せ、右側にそっと引きます。決して左に押さないように。間違えて左に押すとスタイラスチップやカンチレバーに大きなストレスがかかり破損する恐れもあります。


After


こちらは上の方法で4~5回スポンジの上を引いた時の顕微鏡写真です。

見事に汚れが取れて、チップの形もよくわかるほど綺麗になりました。

この状態でレコードをかけたいですね。



ダンパー劣化の問題

 廉価版カートリッジはスリーブの中にゴムが入っている。これを支点として針先の振動を受けて後方の磁石を振り発電する仕組みだ。ゴムは適当な長さになっており、過剰な振動を防いでいる。合成ゴムは紫外線や大気中の酸素、水蒸気によって劣化し、軟化したり、弾性が低下して音質に影響を与える。非常に小さい部品であるため交換は不可能。

 高級機に用いられているテンションワーヤー式ダンパーはスリーブが変形しなければ劣化がないので長期保存による劣化が少ないと考えられる。製作にも手間がかかるため交換針メーカーの努力がうかがわれる。

 ゴムダンパーの劣化は実際にレコードの音を聴いてみないとわからない。硬化の場合は音が詰まったようになり、軟化の場合は推奨針圧を支えられず、カートリッジ本体の底面がレコード盤面を擦り、徐々に音が小さくなる。
 しかし、わずかな変化で、初期の音質性能から変化しているものについては判断が難しい。製造されてから30年以上も経過しているので販売当時の性能が出ているとは考えにくく、今聞こえている状態で判断するしかない。高級なMMカートリッジほどダンパーのゴム素材が特殊で劣化も早いのが残念。新しい交換針はオリジナルとは異なるがこれはこれで良いと思う。
 テストレコードによる試聴結果が大事だと思う。


 写真の交換針は修理済みのもの。この個体(M-95EH/SHURE)は幸運だった。ダンパー劣化が少なようで、修理後の針圧もカタログ値のままで比較試聴、結果は上々であった。 ダンパー劣化の判定は難しいが指定針圧で本体の腹がレコード面に触ることなく歪のない再生音であれば正常と考えてよい。
 この機種はテンションワイヤー式なので、ダンパー劣化は少ないはず。スタイラスは接合楕円なので、オリジナルより劣るが雰囲気は十分。新品の交換針との比較試聴でも遜色なかった。

 



カンチレバー

 形状:薄肉丸円筒パイプ、薄肉丸テーパパイプ、無垢棒

 材質:真鍮パイプ、高力アルミ合金パイプ、SUSパイプ、

   炭素樹脂(カーボン)、ボロン、サファイヤ

 カンチレバーは私たちのようなエンドユーザーには手出し出来ない領域。そもそも素材の入手ルートが無い。しかし、壊れたカートリッジからカンチレバーを取り外し、修理用ストックとして持っていると色々わかることがある。

 音質の良いのはテーパパイプ型である。パイプそのものに強度があり、共鳴点もない。私は市販の交換針の中からテーパパンチレバーを持ったものを選び、修理用として利用している。ボロンパイプ、無垢サファイヤやカーボン繊維強化複合素材など技術革新による素材の高級化もあるが、私は適度な減衰係数をもつアルミテーパパイプ型が理想的だと考える。




ヘッドシェル

 形状: プレス、ダイキャスト、削り出し、研磨

 材質: プラスチックス、鉄、アルミニウム、振動吸収複合素材、マグネシウム、高剛性複合素材、自然木(桜・樫などの堅木)、セラミックス、天然石

 

 ヘッドシェルの音質への影響は非常に大きいと思われるが、ある程度のところで変化の度合いが少なくなる。左から右に行くに従って高価となるが、普通に使うならアルミニウム合金のダイキャストで十分。実際にカートリッジを固定した時に、隙間なくしっかり固定できれば良い。

 もし取り付け面の平面精度が悪ければブチルゴムや鉛の薄板を入れてカートリッジとの密着性を高める。アルミプレスのヘッドシェルは砂を噛んだような付帯音の出ることがあるが、そんな時はカートリッジ本体とシェルの間に小板を挟み振動状態を変えると消える。振動吸収複合素材のヘッドシェルは音響的に有利と思われるが音が痩せるという評価もある。剛性が高い素材は振動の減衰係数が低く共鳴や定在波が残るので付帯音となる。両者は正反対の共振特性であるため変更した時の聴覚上のインパクトが強いが、どちらが良いかは総合的に判断する。

 アルミプレスやダイキャストの形状は経験的によく練られており、モーダル解析してみると共振を打ち消しあう理想的な形状に近い。量産の安価なヘッドシェルに音質を要求するのは無理という評論家が多いが、これらをもっと信頼し、個性としてうまく使う方がエレガントだと思う。


左上から、アルミプレス2機種、振動吸収複合素材2機種、アルミ合金ダイキャスト2機種、アルミ削り出し1機種、

左下から、プラスチックス1機種、アルミプレス(折り曲げ)1機種、軽合金ダイキャスト3機種、アルミ削り出し1機種

左下のプラスチックス製以外はどれも信頼できるもので、音質的な癖はあるものの、素材としてのカートリッジの特徴をそれなりに引き出してくれる。古いタイプの鉄打ち抜きによるヘッドシェルは妙な共鳴があるので避けたほうが良い。

アルミニウムのプレス成型ヘッドシェルは砂を噛んだような付帯音の出ることがあるので真鍮や銅板などで積極的に振動吸収する。



リード線

 線材:銅線、高純度銅線、銀線、クラッド線、リッツ線など

 端子:金メッキのりん青銅、ニッケルメッキのりん青銅が主流

 接合方法:半田付け、カシメ(圧着)

 

  リード線は以上の組み合わせだから非常に種類が多いが、ハイエンドでなければ純度の高い銅線と金メッキ端子を圧着接合したものが一番クセがないように思う。audio-technicaのAT6101で十分だが、自作可能なので色々試すのも面白い。

 リード線はカートリッジの音に大きく影響するという評論家が多いが私には理解できない。物理学、電磁気学、あるいは量子力学的な観点から見ると、線の素材や構造の違い、絶縁物の違いより、接合部の電気接点や半田付け技術の優劣の差の方が断然大きい。

 私は接点部分の異種金属接点に発生した不安定な起電力によるノイズが音質劣化の主要原因であり、リード線素材に因する要素は少ないと考える。あるとすればインピーダンスの高いMMカートリッジは絶縁材の高周波損失による高域劣化、インピーダンスの低いMCカートリッジでは異種金属接触起電力による不安定雑音と線材表皮効果による高域劣化だが、リードの空間閉ループ面積を通過する余計なフラックスやクロストークにも注意を払うべきである。


左上はAT6101、高純度の銅の撚線とカシメ。これで十分。

左下はAT606、銀線とカシメ。ちょっと贅沢。

右上は銅撚線とハンダ付け。古いヘッドシェルはみなこと形。

右下は銅撚線とカシメ。上の物よりまだこちらの方が良い。



スペーサー&重り

  材質

 金属:アルミニウム、銅、真鍮、鉄、鉛、ステンレス鋼

 合成樹脂:炭素繊維強化樹脂、POM、塩化ビニル

 その他の素材:セラミックス

スペーサの役割はヘッドシェルに取り付けた時の総重量と針先の高さを調整するという機能がある。これも挟むものによって音色が微妙に変わってくるのが面白い。

 私は1~2gの調整にはアルミニウム、真鍮、銅の板を用意して、カートリッジの特性や個性に合わせて使い分けている。

 鉛のスペーサは音が鈍重になるので好まれない。鉄も磁性があるので好まれない。意外に良いのは銅である。あまり硬くないので適度に曲がり、共鳴空間を作らないのが良いと思う。 

 真鍮は分散結晶合金なので振動吸収特性が良く、音に妙な色が着くと言われるのが不思議。振動を吸収した結果本来の音が聞こえるようになったと理解している。




止めネジ

  材質

 アルミニウム、真鍮、ステンレス鋼は非磁性

  鉄は磁性があるため最近は使われない。

剛性

 ステンレス鋼と鉄は剛性が高く、アルミニウム、真鍮は鉄の1/3程度。カートリッジのボディがプラスチックであるため、止めネジの剛性はあまり影響ないと思われるが、実際に交換してみると違って聴こえる。それぞれ個性があるので、色々試してみると面白い。

 個人的には、ステンレス鋼のネジ(ビス)に真鍮のナットという組み合わせが良いと思う。真鍮のナットはM2.6mmの第二種六角ナットで、両面面取りのもの。カートリッジに付属しているアルミ製のナットよりフランジ面が大きいので取り付けられないカートリッジもあるが、これを使えるなら締めつけによるカートリッジ・ケースへのストレスを少なくしつつ固定力を高めるので断然有利。

これは真鍮の六角ナット(第二種:第一種より薄く、裏表両面ともに面取り)で固定したもの。

抑えている面積が大きい分、カートリッジのボディをしっかり固定でき、締め付け力による歪も少ない。


ステンレス鋼はアルミニウムに比べて強度が3倍以上あるので、カートリッジをしっかり固定できる。

この効果はよいヘッドシェルを使うほど顕著で、音の透明度や瞬発力が増す。



ヘッドシェルコネクタのゴム

  材質

 天然ゴム、合成ゴム、ドライカーボン、テフロン

 (カーボン含有樹脂「ポリスライダー」:推奨)

 

 ヘッドシェルコネクタの部分に隙間があると余分な振動の原因となる。また、コネクタの端面が直接触れると金属同士のかじりが生じ故障の原因となるため、この間に適度な弾性体を入れてコネクタ部分の緩みや隙間を埋めると同時に直接金属が当たらないようにゴムリング(インシュレータ)が付いているのだが、古いヘッドシェルはほとんどと言って良いほどこのゴムが劣化し用を成さず、脱落しているものもある。

 最近、廣杉計器から適当なサイズのゴムリングを入手出来ることが分かったので、ネオプレンニトリルゴムハネナイトポリスライダーを入手し、音質確認をした。

 それぞれ一長一短があるがポリスライダーが秀逸である。

 ハイエンドオーディオではドライカーボンが話題となっているが恐ろしく高価。剛性の高さが音質的にも好結果を得ているようだ。

 ポリスライダーは一番良い結果を得た。ゴムリングなしや劣化したゴムリングよりは遥かに良好。圧縮応力がかかる可動部分の摩擦低減用であるが適度な表面硬さがあり不要振動を止めるだけでなく、コネクタ接触面の保護にもなっている。 

 ネオプレンニトリルゴム従来ゴムリングと同等性能。

 ハネナイトは不要振動を吸収するのでアルミインパクトプレス製ヘッドシェルの不要共鳴を吸収しより自然に近づく印象だが、剛性の高いヘッドシェルでは音が痩せたり低域の力感が後退する。


カーボン含浸樹脂(ポリスライダー)

内径8.1mm、外形12.0mm厚さ0.5mmのポリスライダー 

 

 ポリスライダーは硬いのでコネクタの取り付け用ノッチを越えることができないため、ニッパーで一箇所切断する。ドライカーボンインシュレータも一箇所切断して挿入しているので同じ使い方である。本品の厚さは0.5mmなので、薄ければ2枚重ねればよい。

 ゴム製ダンパーとの音質の比較では、やや音が硬質になるが、音の細部が鮮明となり、透明感が増すような印象である。

 適度な剛性を持ち、複合素材であることから防振効果もあることが音質的に優れている要因ではないかと想像する。