修理の概要


レコードを聴く楽しみの一つは、カートリッジをあれこれ取り換えて音質の違いを楽しむところですが、ちょっとしたミスで針先を傷めてしまうことがあります。

虎の子の高級なMCカートリッジともなると、背筋が凍る。DL-103でも2万円。一瞬でダメにした時の喪失感は言葉で言い表せません。

 

Yahooのオークションには針先が壊れたカートリッジが多数出品されています。相場は@4000~5000円。DENON/DL-103の現行品価格は35000円、針交換は23940円だから、差額11060円なので、新品を買うより折れ針のDL-103をオークションで手に入れてDENONに送って直してもらう方が安上がりと考える人もいるでしょう。しかし、オーディオショップ等の実売価格は30000円~28000円ですから、大差ないので、どうせ買うなら新しい方がよさそうです。

 

DL-103は、MCカートリッジには珍しく円錐針を使っています。もちろん無垢ダイヤのチップが付いているのですが、円錐針であるため、素人修理でも音質が大きく損なわれないと考えられます。4000円程度の新品の交換針を潰してカンチレバー毎針先を外し、折れ針DL-103に上手くつなげればOKです。

 

サブメニューに、代表的な修理方法と手順を掲載しましたので参考にしてください。


工具類:

・ピンセット(非磁性のものがよい。例えばセラミック製あるいはFONTAX)、

・ピンバイスと小径ドリル(ドリル直径0.3mm~0.8mm)

・ニードル(画鋲でも代用できる)

・拡大鏡(いろいろなサイズのルーペがあると便利)

・クラフトカッター(デザインナイフなど)

・綿棒

・サンドペーパー(#800~#1000)

・爪楊枝

・ハンドバイス

  小さい物を安定して掴めるように

・小型のワイヤブラシ

・古くなった歯ブラシ

接着剤

・ゲルタイプの瞬間接着剤(百円ショップのものがよい)


カンチレバーが曲がっている場合


力を加えて元に戻す

 例:PHILIPS GP922Z

 

針先の脱落がく、カンチレバーが曲がっていだけの場合、慎重に曲げ戻すと、若干の曲がりは残りましたが概ね正常な形に戻すことができる。カンチレバーの材質にもよるが、アルミパイプは断面形状を潰さずに曲がりを修正する。特殊な素材の場合は戻らないか、途中で折れてしまうことが多い。ベリリウムは折れやすい。

この例では、カンチレバーがベリリウムとアルミニウムのクラッドのため一度曲がると補修は困難。このようにゴツゴツとした形状となって剛性低下は免れないが、繋がっているだけ音質変化が少ないはず。

カンチレバーが残っている場合


やや太いパイプで継ぐ

例:ortofon    MC-1 turbo

 

針先~カンチレバーが残っている場合は、折れた箇所を僅かに太い(あるいは細い)パイプで継いで接着する方法が良い。そのため、修理で使った交換針のカンチレバーの残りを捨てずに取っておきたい。継ぎ加工の場合は3mm程度が適正。この場合は途中で継いだ部分の重さが増えることによる高域低下と剛性向上による高域改善が相殺する中、オリジナルの針先が残っているので修理としては最も劣化は少ないと考える。

針先のチップが脱落している場合


別のカンチレバーを移植する

 例:DENON DL-103

 

このタイプは意外と多い。カンチレバーが太い場合は先端を切ってパイプの潰れを修正し、パイプに細いカンチレバーの針を差し込んで接着する、カンチレバーが細い場合はカンチレバーの中央部で切断して断面の潰れを直し、やや太いカンチレバーの針を移植する。DL-103は後者の方法。この方法は簡単だがカンチレバーの質量増加のよって高域特性が低下する欠点がある。DL-103の針先は無垢のダイヤモンドだが、この針は接合であるため、ここでの音質劣化も加わり、繊細さが後退する。



カートリッジの調整


 カートリッジの面白さは、レコードに合わせて好みのカートリッジに交換して、自由に音をコーディネイトできることにあります。そこで重要なのが、ヘッドシェルを含めたカートリッジ全体のコンディション調整です。

 ヘッドシェル、リード線、高さ調整と重量調整を兼ねたスペ-サー(板重り)、固定ネジ、MMカートリッジなら交換針の種類など、音質を変えられる要素が多数あります。これら一つ一つの紹介は「カートリッジ周辺の技術」にて紹介していますのでそちらをご覧いただくとして、ここでは簡単にそれらを組み合わせて、自分のレコードプレーヤー(ターンテーブル)やアンプの特性を考えながら好みの音質に調整する手順を紹介します。

1、ヘッドシェルに取り付けた時の重量を調整する

 まずは自分のレコードプレーヤーに使えるようにすることが重要です。カートリッジを使う上で最も重要なことは適切な針圧を加えることですね。そのためにはレコードプレーヤーのアームが許容できる重量があります。私の使っているレコードプレーヤーKP-1100はヘッドシェルを含めた重量が15g~23gです。カートリッジをヘッドシェルに取り付けた状態でこの重量の範囲に収める必要があります。重さは0.01gまで測れるデジタル重量計を使います。

2、針先を清掃する

 新品のカートリッジであれば清掃の必要はありませんが、普段使っているカートリッジの針先は意外に汚れているものです。針先にゴミが癒着して団子のようになった針を見たことがあります。こんな状態ではいい音がでるはずもありません。

 清掃方法は簡単です。100円ショップで手に入る水回り用のウレタンフォーム(白色、目の細かいスポンジ状のもの)に水を含ませ、針先を3~4回なぞるだけです。修理・調整の項に詳しく紹介していますのでご確認ください。

3、針圧を調整する

 次に、カートリッジをプレーヤーのアームに取り付け、水平バランスをとって、ウェイトのメモリ環をゼロにします。次に、ウェイトを目的の針圧の数字まで回転(このときウェイトを前方に移動)させれば針圧設定完了です。カートリッジや交換針の説明書にある「推奨針圧」をよく確認してください。古いカートリッジの場合はダンパーの劣化が予想されるので、針圧を少なく設定して音質を確認し、徐々に多くして適正値を探ります。

 このとき、針圧を正確に測ることができる針圧計があると便利です。1で紹介した小型のデジタル重量計の上面に針先を傷めにくいポリカーボネイトなどの樹脂板を貼っておくと針圧計の代用にできます。針圧は0.1gの違いで音質が大きく変化(状態が変化)することがりますので、カートリッジを交換した時のアームのゼロバランスと針圧の設定は丁寧さが必要です。

4、試聴

 使えるようになったら音質確認をします。これは普段よく聞くレコードでよいのですが、もし入手できるようなら音質チェックレコードをおすすめします。リード線のつなぎ間違いや針の消耗、取り付けの不具合などはチェックレコードがあるとすぐわかります。

 試聴結果に満足できたら完了です、

5、音質調整

 試聴結果からカートリッジの問題点を見つけ、対処療法的に手を加えていきます。手を加えるといっても、できることは、ヘッドシェルやリード線、止めネジの交換て程度で、大げさなことは必要ありません。よくリード線をハンダ付けしたり、ヘッドシェルとカートリッジを接着剤で固定したものを拝見しますが、元に戻せないというリスクがあるため私はお勧めしません。

 ヘッドシェル、リード線の交換は音質変化が大きいで楽しめます。スペーサーは重量調整の他にヘッドシェルの欠点を補う働きもあります。止めネジは素材の物理特性と固定部分の応力歪による音質変化があります。これらを組み合わせて自分の好みの音質を実現できる一品に変えられるところが面白いようです。



PC-3MC/Pioneerの修理記録


PC-3MCはPioneerの針交換式MCカートリッジです。

MMよりインピーダンスの低いMCタイプの方が高域特性が良いため高級オーディオでもてはやされました。この好音質を普及価格帯オーディオでも実現しようと試みられたのが針交換式のNCカートリッジです。普及価格帯のアンプでも使えるように、出力電圧をMM並にあげて、MC対応できないアンプでも使えるようにしました。当然価格も低く押させることとなり、針やカンチレバーなどの運動系は汎用品と同じものが使われています。こうした事を背景に、オーディオ評論家の評価は辛口のオンパレードとなりましたが、今聴いてみるとライト級のMCカートリッジで、MMとMCの中間のような趣があり、意外に面白い存在です。

このような交換式カートリッジですが、例によって製造中止からはや30年以上。良い状態で残っているものはほとんどありません。

こうした事情から、折れ針のユニットを「修理」することになります。

しかし困ったこともあります。このカートリッジ、巻線の断線品が圧倒的に多いのです。MMカートリッジの断線は希にしかお目にかかりません(ortfonはよく断線する)が、針交換式MCは交換時の取り扱い中に断線する事故が多いようで、両チャンネルとも健在という個体は少数です。以下に、PC-3MC(あるいは同型)の修理記録を公開します。

 

1、巻線の導通を確認する

  PC-3MCを入手したときにまず確認することは、巻線の状態です。テスターで巻線抵抗を計り、110Ω前後ならOK。

  針が折れていても巻線が健在なら修理できます。

2、針先を確認する

  ルーペや顕微鏡で針先を見て消耗具合を確認します。汚れがひどい場合はホワイトスポンジで針先を清掃してから再度確認します。

  針先が健在でも巻線が断線していれば使えませんが、針先だけ取って修理用に使えるのでこれはこれで貴重です。

3、外形の清掃

  カートリッジによっては汚れのひどいものがありますので、ヘッドシェルについた状態でカートリッジの外周を清掃します。

4、交換針部分を取り外す

  交換針部分を慎重に取り外します。この作業で内部の巻線を切ってしまうこともあります。

  専用ソケットでヘッドシェルと接続されていればソケットを外してから交換針部分を外します。

5、カートリッジ永久磁石側(台座)の清掃

  交換針側を外すと台座の永久磁石がむき出しとなります。この部分に鉄粉系のゴミが付着するのでこれを取り除きます。

6、ヘッドシェルの清掃

  ヘッドシェルからカートリッジ台座を外し、リード線も外してヘッドシェルを清掃します。

  カートリッジの美しさはヘッドシェルに大きく依存するのでヘッドシェルが汚れていると見た目が悪くなります。

7、ヘッドシェルに台座を取り付ける

  ヘッドシェルに台座を取り付けます。PC-3MCはカートリッジ本体が軽量なので、板重りを使って15g程度に調整します。

8、交換針ユニットを取り付ける

  台座に交換針ユニットをはめ込みます。専用ソケットがあればこれをカートリッジに取り付け、配線を完了します。

  交換針ユニットと専用ソケットの合計重量は2.2g、交換針ユニットだけなら1.2gです。

  交換針ユニットの針が折れている場合は他のページで示したものと同様の方法で針先を修理します。

9、オーバーハング調整と試聴準備

  オーバーハング量を調整してカートリッジを固定し、評価用レコードを試聴します。

  試聴は主観ですが、客観性を持たせるため、標準カートリッジと比較試聴を行います。

  オ-バーハング量はお概ね15mm(DENONゲージでは52mm)とし、針圧2.0gで評価用LPを試聴します。

10、試聴

  試聴用LPレコードを聞きながら、各音源による聴きどころを確認します。特に大振幅時の昆変調やノイズを耳で確認します。

  ダンパーが正常に機能していれば大振幅時の昆変調やノイズ感はありません。

  少々曲がった古いレコードをかけて、正常なトラッキングができているかを確認します。この二つの試験が良好であればOKです。



瀕死のカートリッジ救出(ゴミの中から見つけたカートリッジを修理する)


 ゴミ捨て場に電子部品らしいものが捨ててあったのでなんとなく眺めていたら汚れたカートリッジがありました。Lo-DのMT-23です。

 ヘッドシェルの指かけは折れてなくなっており、カートリッジ本体もひどく汚れていますが、なんとなく惹かれ、持ち帰りました。

 テスターで導通を確認すると、両チャンネルとも420Ω前後を示し、断線はありません。針先が折れていますが交換針を差し替えるだけでよいので、これなら修理は可能です。

 早速ヘッドシェルからカートリッジ本体を外し、リード線、固定ネジ、交換針、ヘッドシェルなどの状態を確認しました。交換針はダンパーのゴムが溶けており、コールタールのようになっていました。カートリッジ本体の黒い汚れはどうやら溶けたゴムの一部が付着したもののようです。こうなってはこの交換針は捨てるしかありませんが、ダンパーが生きていれば他の交換針からカンチレバーを移植すると一応音を聴くことが出来る程度には直せます。

 ヘッドシェルは指かけが折れているほか、アーム取り付け部分のゴムリングが固化しており、外そうとしたら切れてしまいました。リード線は細いものですがハンダ付け部分がしっかりしており、劣化が少ないので使えそうです。

 カートリッジ本体は腹の部分に黒いものが付着しており、汚い印象です。メッキのかかっているシールドボディも錆や汚れが付いていますが、穿孔腐食やメッキ層剥離はないので磨けば綺麗になります。取り付けねじはアルミニウム製でネジ部分に腐食はなく、これならそのまま使えようです。ナイロンワッシャーやナットはさびや損傷もなく綺麗でした。

 カートリッジ本体のシールドボディを磨いてみました。磨く道具は右上の写真にあるように、汚れ磨き消しゴム(100円ショップ)、研磨ツール、耐水ペーパー(#600~#1500)などです。

 磨き消しゴムだけでは綺麗に落ちなかったので、やや硬い研磨スティック(プラモデルやフィギア製作の小道具としてホビーショップで購入)を使いました。ホームセンターなどで手に入る#1000~#2000程度の耐水ペーパーでも十分使えます。余談ですが、耐水ペーパー1枚を7年の使っていますが、まだ半分ほど残っています。研磨工具としてのコスパは最高です。

 写真上段は研磨前、下段は研磨後です。そこそこ綺麗になったように見えませんか?

 下段右を見てください。とりあえず同型のカートリッジから交換針を拝借してどんな姿になったかを撮影したものですが、新品と大差ないように見えます。新品のヘッドシェルに取り付けてみると見違えるようですね。

 プラスチック部分の焼けで古いものとわかるのですが、新しいカートリッジと遜色ないように見えるので、これで音が良ければ大満足でしょう。

 Lo-D用ではないのですが、DSN-34の未使用針を装着して音質チェックをしました。DSN-34はDENONがコロンビア時代にGRANZからOEMされていた時の交換針です。

 例によってオーディオ評価用LPを試聴し、音質をチェック。

 やや細身だが軽やかで聞き疲れのしない綺麗な音が出てきました。時間だ経過するうちに針のダンパーの動きが良くなってきて、帯域が広がり、音楽にスケール感と切れが出てききて、霧が晴れていくような印象です。そして10分後には、MG-2S(GRANZ)の音だと感じるところまで回復しました。

 捨てられて、不燃物として処理されてしまう運命だったカートリッジがここに蘇えりました。飛び切り上等な音ではありませんが、気軽に色々なレコードをかけられる普段使いのカートリッジとしては十分な性能だと思います。

 

ヘッドシェルの修理は後日追加します。



オーバーハングを見るゲージ2種類


 左写真の上がTechnicsのゲージ、下がDENONのゲージです。いずれもヘッドシェルの取り付け部分から針先までの長さをみるもので、標準の52mmがわかるようになっています。

 中央の写真はTechnicsのケージにヘッドシェル+カートリッジを装着し、ゲージ先端の高さと針先が同じ高さであればOK。目視なので±1mm程度の誤差はありますが、それぐらいであれば音質に影響はないようです。

 右の写真はDENONのゲージです。ゲージとヘッドシェルの装着部分を指3本でつまむように持って目盛りを読むようになっています。この3本指でつまむ方法が意外に難しいです。コツがわかるまで、針先の傷んだもので練習するとよいでしょう。


ここで一言、自己紹介


 私は大学の技術職員として40年余素粒子宇宙物理学の実験装置製作(設計、試作、調整、組立、精密加工、制御など)に携わり、人工衛星搭載の観測装置や天体観測の望遠鏡と観測装置開発など多数の研究プロジェクトに参加してきました。そしてプロジェクトを共に進める中で大学院生や若手教員と汗を流し、技術者として成長させてもらえたと思います。

 元々は工業高校電気科卒業(最終学歴)だが大学で働きながら学んだ大学(二部)工学部電気科は2年通いましたが専門科目は古いことばかりで得るものがないと見切り自主退学。その後仕事に打ち込み、気が付けば高エネルギー物理の加速器を使った実験や天文台での望遠鏡設置など科学フロンティアに身を置き、最先端技術の一翼を担っていました。

 定年退職を機に、趣味の世界にも時間を取りたいと思い、研究プロジェクトを多少整理して、遊びの時間を作り始めたところです。

 真空管アンプも作りたい(現役中に5~6台作り、今は超三極管アンプの優秀さに驚いている)ので、オシロスコープや歪率計など馴染みの測定器も揃えつつ、真空管のGm測定器も作りたいと準備を進めています。

 合唱団(歌い手&指揮者)やオーケストラの定期会員など音楽に接する機会を絶やさないで耳や感性の栄養補給にも心がけています。

 若い時に憧れだった高価なものが、今は容易に手に入ります。狭い家があっという間に様々な物であふれ、妻はあきれておりますがこんな私のわがままを許してもらえることに感謝・感謝の毎日。今は手軽なカートリッジにハマっております。